2011年12月25日日曜日

周到に準備された完璧なお葬式

 若いころ所属していた某研究所の先輩で、仲人をして頂いた方の葬儀に参列してきました。
 この方、6年前、食道癌の手術をされ、3年前、転移、余命3年を知らされたそうです。
 それから、3年をかけて、ご自分の葬儀の準備をされたとか。
 なるほど、完璧でしたね。
 ご自分で編集された、葬儀の式次第まで含んだ「お別れの栞」も添えて。 

「私の人生を支えて下さったすべての方々に、深く感謝し心から御礼申し上げます」
と云う言葉を枕詞に、かなり長文のお別れの辞を生前、ご自分で、用意され、
それを、喪主のご長男が、ゆっくりと、読み上げるところから葬儀は始まりました。

 何にもまして感心したのは、彼の人柄がそのままでた、彼自身が3年かけて
練り上げたオリジナリティ溢れる葬儀だったことです。
 ご長男も、「父は、自分の葬儀の準備を楽しそうに、していました。」
言っておられました。

 300人規模の葬式となると、普通は、何人もお坊さんを並べて、理解不能な
お経を長々と聞かせられのが一般的ですが、この葬儀は、無宗教。
 彼は読み上げられた遺文の中で、「自然科学に興味をもった研究者と
して半生をすごしました。 自然科学を超えた超自然なものの存在を
否定するものではありませんが、私の葬儀は、無宗教で行います。」
とありました。

 彼は現役時代は勿論、退職後も海外旅行を楽しんでおられました。
 彼が気にいって、何回も訪れたというベルギー・ブリュッセル郊外
のブナの森の映像が、葬儀場の前面いっぱいに、映しだされ、
BGMに彼の好きだったと云う音楽がながれ、幻想的な感じ。
 また、壁側面には、彼の大学時代や、職場での仲間との写真が何枚も
飾られておりました。

 お別れの辞の後、お二人の方の弔辞がありました。
 一人は、大学時代のクラスメート。
 もう一人は、職場で部下だった方。
 これも、打ち合わせ済みだったのか、大学時代から職場での、
彼の人柄、退職後の彼の地域社会への貢献などを、過不足なく、
述べられ、彼が人生を活き活きと生きたことを伝えてました。

 その後、一人ひとり、献花を行いました。
 その時、お棺の中の彼と最後の対面ができました。
 
 親族のご挨拶があって、出棺。
 12時半から14時までの予定の葬儀。
 時計をみると、14時ジャスト。
 1時間半もの葬儀に最初から最後まで、列席すると、普通は
飽きちゃうのが、この葬儀は、飽きるどころか、何か感動的でした。

 さて、自分の葬式はどうしましょう?
 

2011年12月16日金曜日

十字軍物語 3

待っていた、塩野七生さんの「十字軍物語 3」がでましたね。
早速買ってきました。


 これから、お正月にかけて、ゆっくりと読みます。=楽しみです。
 第3巻は、僕が読み終わるまでは、貸し出せませんが、わらころ図書館に、
これの1,2巻は、登録してありますので、貸出希望の方はどうぞ。

「ローマ人の物語」全15巻を読んで以後、すっかり「塩野教」信者に、なってますが。
彼女の本で、「日本人へ、リーダー篇」って云うのがあります。=相模原図書館で借りれます。
 その中で、今の日本の置かれている局面を的確に、とらえている記述がいくつかあります。

「なぜか、危機の時代は、指導者が頻繁に変わる。 首をすげ代えれば、危機も打開で
きるかと、人々は、夢みるのであろうか。 だがこれは、夢であって現実ではない。」
「危機の打開に妙薬はない。やらなくてはならないことは、わかっているのだから
それを、やり続けるしかない」
「政策は、継続して行われないと、力のムダ使いになり、おかげで、危機は
一層深刻化する。」

 塩野七生さんは、2千年前のユリウス・カイサル(シーザ)を恋人にしている人
ですが、シーザは、「人間ならば、誰にでも、現実のすべてが見えるわけではい。
多くの人は、見たいと思う現実しか見てない。」と言ってますね。
 原発事故は、多くの人、為政者も含めて(日本の多くのエリートが)、見たいと
思わない現実なので、見ないことにして過ごしてきたのでしょう。=多分。

 1000兆円にならんする国の債務も、国が破産するのも見たくないでしょうから、
見ないことにして、そんなものは無いことにして、どんどん借金する。

「いかなる分野でも、共通して、必要とされる重要な能力が、一つある。
それは、想像力だ!」 
 これは、500年も前、マキャベリの遺した言葉だそうです

2011年11月3日木曜日

七五三のお参り

 うちの孫(その1)も、7才になちゃって、今日ははるばる明治神宮まで、お参りに行ってきました。

 このての七五三児が、わんさと押しかけてきて、さらに、秋の例祭が重なって、明治神宮は、大変な賑わい。

 朝、9時から、髪結いと着付けが始まり、写真やさんで、写真を撮って、それから明治神宮にかけつけて、お祓いが終わったのが、12時過ぎ、それから、渋谷のホテルへ行って、お食事会。

 子どもも大変だけど、ジジババも孫と付き合うのは疲れるわ。

 

2011年8月25日木曜日

発電所の所長に就任しました。

 今年の1月に、屋根に太陽光パネルをならべて、太陽光発電をはじめました。
 そしたら、このほど、東電さんから封書が届いて、設置のシステムが、経済産業大臣より、下記の通り認定されました。
「○○ ○○太陽電池発電所」(○○ ○○は僕の名前)=ビックリと言うか、笑っちゃうと言うか、
女房「貴方、所長さんなの?」、僕「そう、俺は所長で偉いんだから、以後、そのつもりで、口をきくように!」、女房「???」

 真冬は、ともかく、5月ころ、東電から、18,000円振り込まれて、しめしめ、真夏のお日様がカンカン照りになれば、さらに荒稼ぎかと、大いに期待したんですが。

 ところが、真夏になって、逆に、出力ダウン、「何でだ?」。
 設置業者に聞いたところ、「皆さんそう言われるんですが、太陽光パネルは半導体。 半導体は温度があがると効率が落ちます。 5月ころの、日が燦燦とふりそそぎ、なお、温度が適当な時が、一番です。」とのこと。

 当発電所の発電容量は、3.7KWとなってますが、メータを眺めている居る限り、最大で、3KWを超えるか、超えないか。
 当たり前ですが、少し曇ると、からっきし元気がない。
 設備にかけた費用は、所長存命中に、もとが取れないことは、はっきりしたが、節電が呼びかけられた猛暑の中、罪悪感なしに、エアコンを使用できただけでも、よしとしよう。

2011年7月24日日曜日

緑のカーテン=大成功

 今日の朝日新聞によると、今年は、ゴーヤが大ブレークだそうです。
 僕も、やってみました。 4本の苗を植えたのが、ご覧の通り窓いっぱいに広がって、涼し気な緑のカーテン=大成功です。
 葉っぱから、水分をどんどん蒸発させているようで、まっ昼間、くたってなっているところへ、水をやると、しばらくすると、元気になります。



 裏にまわると、立派な奴が、沢山、ぶらさがってます。
 お店に売っているほどに、大きくせず、早めにもぎって、チャンプルにして、食ちゃいました。
 美味しかったです。

 水さえやっておけば、丈夫いし、育てるのが簡単。 涼しい緑と食料をもたらしてくれる。 いいですね。

2011年7月18日月曜日

今どきの小学生は忙しい

 今春、一年生になった孫娘に「夏休みになったら、相模原に泊りきて、お爺ちゃん、お婆ちゃんと一緒にどっか遊びに行こうよ!」って、電話しました。
 忙しくて、ダメなんだそうです。
 夏休み中も、英語とか、算数の補習の授業があったり、おまけに、8月24日には、2学期が始まるんだとか。

「何だって! そう云うくだらん授業には、出なくてよろしい!」って、自分の子供なら言えるだけど、孫じゃぁね。
 統一テストみたいなのがあって、東京の区の中で、競争、先生も必死のようです。
「All work and no play makes Jack a dull boy!」とかの諺もあるじゃないすか。
 夏休みくらい、お勉強をほっぽり出して、真っ黒になって遊そばなくちゃね。

 教育基本法とか云う法律があるようですが、
「小学生たるもの、夏休みには、爺婆と遊ばなくてはならない。」の1項を入れてほしい。

2011年7月1日金曜日

鍼灸師のたまごの練習台に。

 近所に、鍼灸師を養成する専門学校ができて、施術所が付属してます。
 そこに週に一回のペースで、治療を受けに通ってます。
 普段は、そこの教官、助手クラスの人が治療に当たってくれるのですが、
今日は、在校生、つまり、鍼灸師のたまごの方々から治療を受けました。

 医学部で云えば、付属病院での実地訓練みたいなもの。
 さすがに、ハリの方は、国家試験をパスした免許をもってないと
できないようで、ハリは、従来通り、教官。
 お灸は、学生さんから、文字通り、お灸をすえてもらいました。

 実地訓練ですから、問診から始まります。
 実習の学生さんは、7人(男4人、女3人)かわるがわる、いろいろと聞いてきます。
 生年月日、体重、身長を聞かれ、病歴を、趣味趣向を聞かれ、
「お仕事は?」、僕「無職です。」
「毎日、どのように、過ごしていますか?」僕「ぶらっこぶらっこ、あてもなく」
「運動は?」僕「散歩程度です」、「少し身体を動かすよう心がけてください」僕「ハイ」

 それから、学生さんよる、血圧測定、脈診、舌をだして下さい」で、舌の様子をみる。

 まず、首筋、背中、腰に、教官が、針を入れていきます。 針を入れたまま。
 しばらくおいて、抜針は、学生。

 続いて、学生さんから、お灸をすえてもらいます。
 最後は、足の三里に、男の学生さんがすえてくれますが、若い人は、お灸なんか
馴染みがなく、小さいもぐさに、おっかなびっくりで、火をつけてます。

僕「男なんだから、もっと思い切って、大きいのをドカンと、やれ!」、学生さん「ハハイ~!」

 終わりに、全員整列、ありがとうございました」って挨拶してくれましたので、
僕も、「ガッバって、立派な鍼灸師になってください」って励ましてきました。
 

2011年6月15日水曜日

もしドラ」おもしろ~い!!



「笑ころ図書館」で
http://homeken.net/miz/books/ichiran
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」
を借りて、読んで、みました。 おもしろ~い!!
(ブログ生まれの本」だそうです。)

 世の中、何もかも、こんなに、うまく行ったら楽しくてしょうがいないだろうな~」
と思いながら、でも、面白く、一気に読ませてもらいました。

 本物のドラッカーを読まなくちゃ!

2011年6月13日月曜日

軽井沢で結婚式

 既に、1年近くも前に結婚、入籍もすませている次男が、突然、軽井沢で結婚式をすると云うので、行ってきました。
 もう、モーニングを着るのも最後の機会になると、レンタル屋さんで、借りて列席。
 クリスチャンでもない僕たち、突然、1日クリスチャンに。 アーメンとか云っちゃって。
 これで、わが一族8人。 一人っ子の僕としては、8人は上出来。 メデタシメデタシ。↓
 少人数での小ぢんまりとした披露宴。 今どきのお嫁さん、マイクをもって堂々としゃべる。↓

 披露宴会場の外は、緑、あざやかで、素晴らしい環境。
 披露宴、お開きの後は、そこらをぶらぶら。 この庭園の中にあるロッジ風の部屋に泊まって帰って来ました。

2011年5月2日月曜日

M8(小説)


 M8=マグニチュード8の意味。
 地震予知に関しては、世間の神経は、もっぱら、東海地震に行っているが、それより先に、首都直下型のM8が来たと云う小説。
 それを、大学院博士課程は終了したが、適当な職のない、若者が、首都直下型M8をコンピュータシミュレーションで予知し都知事に直訴、都知事も半分疑いながらも、一応準備。

 小説とは云え、時節から、相当な迫力で、読まされました。=実際にM8地震が起こったら、この程度では、収まらないだろうな?と思いながら。==M8でなく、想定外のM9(M8の32倍の大きさ)なら、どうなちゃうのだろう?

2011年4月6日水曜日

小さな病院

 地震災害と原発事故が進行する最中、一週間ほど、手術入院してきました。
 病名は、鼠径ヘルニア(脱腸)、年寄りに、よくある病気です。
 盲腸と同程度の手術なので、あまり大きな病院に行くと、助手の格好の練習台にされるとか、聞いたもんで、近くの小さな病院の外科外来で、診察を受け、医者の人相、歳の具合を見て、「先生、貴方が直接、執刀されますか?」と確かめてから、入院をきめました。
=医者のたまごも、手術を重ねることで、一人前なって行くのでしょうから、本当は、僕みたいな年寄りが、練習台を引き受けないといけないんでしょうが。=大学病院のブランドが好きな人に、その辺りは、おまかせして(笑)。

 3月23日、入院。 24日の9:30にオペ開始というスケジュールです。
 24日、9:00 おしりに注射され、同時に点滴開始。 9:25 看護婦さんが迎えにこられ、車椅子に乗せられ、オペ室に出発。
 オペ室では、既に麻酔医(女医)が待っており、手術台に乗せられ、背をエビのように曲げ、背中に麻酔の注射のハリが挿し込まれました。=この程度の手術では、下半身だけの、部分麻酔が普通、らしい。
 しばらくしたところで、女医「これで、麻酔の方は、大丈夫ですが、更に、眠らせましょうか?」、「僕は意気地がないので、眠らせてください。」、女医がうなずくと同時に、意識がなくりました。

 次に、目を開けると、女医さんが僕の顔を覗き込んで、「終わりました。」、僕「今、何時ですか?」「10時半です」。
 手術台に乗って、麻酔開始から、手術時間も含めて、わずか1時間、麻酔のかけ方も必要最小限。
僕「先生、お見事です!」と思わず云いました。 女医先生「ありがとうございます。」

 病室に戻ってからの、スタッフの処置もテキパキしておりました。
 食事などについても、肉のかたまりが、でてきて、「僕は、歯が悪いので、もう少し小さく、切ってほしい」との注文にも、次の食事から、そのように対応されておりました。

 退院の日に朝、院長先生が、病室にこられましたので、
僕「この病院に最初に来たとき、建物が継ぎ足し継ぎ足し迷路のような変な病院だなとの印象でした。
でも、今回、入院してみて、ハードはイマイチだけど、ソフトは完璧に機能していました。 スタッフの皆さんによくして頂き感謝します。」
 院長先生、苦笑しながらも、「ありがとう、ございます。」

 この病院、大学病院が大企業とするなら、さしずめ、町工場の感じなのですが、巨大組織には、まねできない隅々まで、神経がゆき届いている、小さな病院ならではの良さを感じ、退院してきました。

2011年4月1日金曜日

高信頼性通信網(インターネット)

 3,11、あの日、強い揺れの後、電話も、携帯も不通でしたが、インターネットはつながり、ブログなどをみることが出来てました。
 携帯メールも、だしてみました。=いつもより少し遅れましたが無事到着してました。

 その誕生の経緯から、ルートが多重化されているから、災害に強いとは、聞いていましたが。
 まさかの場合の、インターネット系通信の高信頼性と輻輳にも強いことを実感した貴重な経験でした。

 Mimiさんの投稿[warakoro][06987] 「ソーシャルメディア」で~ 29日のクローズアップ現代」が紹介されてました。
 僕も、見ました。=録画もしてありますので、必要な方、DVDにして配布可能。

 9.11の時は、ブログが人探しに役立ったとか、今回は、twitter。
 番組では、twitterを使ったネットワークが急速に立ち上がり役立ったと云う話。

 笑ころネットでは、MLに加えて、ブログによるネットワークなどで、しっかり連絡がとれるようになっており、まあ安心なのですが。
 今回は、地震、つなみ、原発事故でしたが、災害は、型を変えてフイに襲ってきます。
 次の災害に備えて、笑ころネットでも、災害時に役立つような仕組みを考えて、おきたいですね。

2011年3月31日木曜日

2重化(バックアップ)

 私製簡易RSSリーダは、2つありますが、
その1つ、v6eを置いているサーバーがダウンしています。(s355.xrea.com)
 v7の方は、正常。

 同じ機能のものを、2つ用意して、一方がダウンしても、他方が動いていれば、全停
=真っ暗闇にならずにすむ。=このようなシステム構成を2重化と云っている。

 最近の僕は、大切なデータをローカルに、バックアップをとるのではなく
適当なサーバに、アップして、そこに保管している。
=ローカルにバックアップすると、整理が悪いので、何処にバックアップしたか忘れてしまう。
 あるいは、これまでは、自分のパソコンでローカルに処理していたアプリケーションそのものを
サーバに移したりしている。=クラウド・コンピューティングのつもり。

 今回の私製簡易RSSリーダv6eを置いているサーバーのダウンはかなり長い。昨日の朝からず~と。、
 で、上記のデータ保管やクラウド・コンピューティングのサーバも、別サーバに2重化しないと
いけないかと思っているところ。

 2重化する時のポイントは、障害発生に対して、2つのシステムは、できるだけ独立であること。
 v6eの置いてあるサーバは、xrea=場所は、大阪らしい。
 一方、v7は、google を利用しており、何処にあるかわかりませんが。
 さいわい、一方の障害発生と他方の障害発生は、ほぼ無関係、独立事象と考えらる。
 2つのサーバを、同じxreaに、するのはマズイ。

 東電・福島の電源喪失。=外部電源とディーゼル発電機の2重系には、なっていたが、
残念ながら、どちらも同一敷地内。 一方がやられる時、他方もやられる確率が高い。
=障害に対して、独立でなかった。

2011年3月20日日曜日

十分、買い占められたようです。

 昨日の午後、久しぶりにスーパーに立ち寄ってみました。
 なるほど、牛乳はないけど、豆乳はあるじゃないすか!
 パンはないけど、肉や果物はあるし。

 豆乳とパイナップルを買って、レジに行き、レジの女性に、
僕「お客さん大分、落ち着いてきましたね。」
彼女「ハイ、皆さん、十分、買い占められて、お腹もイッパイになられたようで!」
と云って、笑ってました。

2011年1月27日木曜日

フェイス・ブック

 今週の週刊ダイヤモンドにとりあげられてますが、いまや、ある面では、google の上を行く存在になっているとか。



 映画も見てきました。多少の創作もあるが、実話ストーリだそうです。
 すべてが、クレージーで、とてもじゃないが、ついていけない。=アメリカのビジネスの世界って、これほど、ドギツく、気違いじみているんですかね。
 こう云う、生い立ちをもつ「フェイス・ブック」は、使う気になれないな。 すくなくとも僕は。

2011年1月24日月曜日

太陽光発電

 20枚のソーラパネルを屋根に乗っけて、我が家も今年から発電所です。
 


 電気のメータが2つ付いて、上が東電からの買電用、下は、我が家で余った電気を東電への売電用。
 お日様の照り方や、我が家での電気の使用量によって、この2つのメータが、時々刻々、微妙な動き方をして、面白いです。




 屋内に、液晶ディスプレイモニターが設置されており、その時のソーラパネルの発電量、我が家での電気の消費量、その差の東電からの売電量又は買電量が示されています。
 太陽光発電って、当たり前なのかも知れませんが、ちょと曇ると、カラッキシ元気がないですね。



 この設備にかかった、お金ですが、約280万円、そのうち国と市からの補助金が40万円もらえますので、実質、240万円。
 平均して、1万円/月 ソーラが発電してくれると、皮算用しますと、20年で、元が取れる計算です。
 あと、20年、生きて、元がとれれば、メデタシメデタシですが、そうもいかんでしょう。

 もっと、問題は、実は、東電への売りのKWH単価が、僕が東電から買うKWH単価より、高いのです。=東電からみれば、逆ザヤになっている。
 これは、営利企業としては、許されないことなので、この逆ザヤ分を一般家庭に転化することになっています。=4月から、皆さんのご家庭の電気料金が上がります。

 僕んちのソーラが頑張って、発電すればするほで、皆さんのご家庭の電気料金があがる。=すみませんね!=こう云う家庭発電所が増えれば増えるほど、はた迷惑。

 それと、ソーラ発電って、本当にエコになっているんでしょうかね?
 ソーラパネルを作るのに、相当のエネルギーを使っているし、原料となるシリコーンも高純度のものが必要で、希少資源に属するとか?

2011年1月22日土曜日

オープンソースの成功

 現在、多くのサーバのOSとして使われている、LINUXは、1991年、ヘルシンキ大学の大学院学生のリーヌス・トーヴァルズが、メモリ4M、HDD=40MのPCを使って、書き始められた。
 LINUXの発展は、彼が、そのソース・コードをインターネットを通じて、一般公開、自由に使っても、改変してもよいと、より良いOSを求めて、開発協力者を求めたところから始まった。

 従来、大規模ソフトウエア(OSなどは、まさに、この範疇)の開発は、有能なマネージャーのもとで、管理され、きちっとした統制のもとに、作られなくてはならないと考えられていた。

 ところが、LINUXの場合、呼びかけに応じて、腕におぼえるのある、何千人ものハッカーたちが、我こそはと、無給で参加して、大した管理もないままに、きちっとした巨大OSが立ち上がって行く。(この場合のハッカーは悪い意味ではなく=腕利きのプログラマーの意味=下記リンク参照のこと。)
ハッカーになろう

 WWWサーバ・ソフトのApache も、Perlも、Rubyも、Pythonも、オープンソースで、発展を遂げたものは、数えきれない。

 以下の2書は、いずれも、オープンソースについて、why? How? What? Who? が書かれている。

 ざっと、一読してみましたが、この本の論が正しいのかどうかは、よくわからなかった。



2011年1月17日月曜日

環境危機をあおってはいけない

 600頁を超える本です。全部を読んでないですが。
 孫に代には、地球は滅んでいるんじゃないのではと、心配してましたが、少し安心しました。



 地球環境問題の根源的な問題は、人口問題だと思っているのですが、600頁のうち、数頁しか割いてないのが、げせない。

 1961年 30億人だった、世界人口は、2010年 約69億人になっています。
 この半世紀で、2倍以上。

 予想としては、2025年=80億、 2050年=93億、2200年=110億で地球人口は安定するそうです。

 笑ころ内で、環境問題に詳しい人、この本を読んで、解説してください。
 図書館で借りられます。



 

2011年1月2日日曜日

孫バカ爺さんから新春のご挨拶

 皆さま、明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくです。


 お正月前から、現れて、きんとん」つくりのお手伝いする孫(その1)。
=6才になりました。 この4月から、一年生です。

 近所の神社に参拝、「お年玉が、たくさん、もらえますように!」とお祈り。


 お正月になって、孫(その2)も、現れました。=1.5才


 早速、姉妹、くっつき合って、大騒ぎ。

月収500万円の不登校・中学生youtuber

 この「キメラゴン」と称する15才の不登校を売りにする中学生youtuber がネットで話題になってます。  目を剥くような高収入もさることながら、youtube に本人が出てきて、立て板に水を流すように喋る、その学校批判も、なかなかのものです。  この勉強に何の意味がある...